お墓と墓石

「墓石」

何か文字にするととても堅苦しく思えますよね。

子供の頃行ったお墓参りで見た墓石。

近所の霊園にある墓石。

何気なく目にする事はあってもそのルーツであったり値段であったり、重要性や各国の墓石の違いなど知っている人の方が少ないのではないでしょうか?

 

 

因みに私の持つ墓石に対するイメージはあまり良いものではありませんでした。

近年、ドラマなどの影響もあり、生きることに対しては勿論のこと、どれだけ素敵な人生の終幕を迎えるのかといった自らの死に対する事まで考える人が増加しています。

 

「そり良く人生を全うしたい」

「最後まで好きなことをやって安楽死したい」

「自分らしく死にたい」

「周囲に迷惑をかけずに死にたい」

「墓石はどんなデザインにするのか」

 

といった様に、自身の寿命をポジティブに捉えられる歳の取り方をしたいです。

 

生と死は生きている限り表裏一体のもの。

 

それをポジティブに捉えて生きるのか、ネガティブに捉えて生きるのか、人によって違うはずです。

生きていれば楽しいこと、苦しいこと様々な事を体験します。

「死にたい」と思った事がある人もいるはずです。

 

死について思いつく事の一つとして

「墓石」

 

お墓参りに行く事は想像出来ても、自らが入る事を想像できる人は皆無に等しいのではないでしょうか。

 

その墓石に今回はスポットライトを当ててみたいと思います。

 

 

 

世界では様々な墓石が存在します。

宗教も違えば文化も違う。

お墓に対する考え方も自ずと違ってくるのが当然の事です。

日本古来のお墓と言えばすぐに思いつくのが古墳。

仁徳天皇陵に代表されるような巨大な古墳が存在します。

 

仏教におけるお墓の起源は

「対面同席五百生」

といった言葉が有名なお釈迦様が亡くなったのが始まりとされています。

 

当時のインドの王様が亡くなったお釈迦様の為に建設してお祭りを行い、生きていた頃と変わらず敬い、礼拝したのが始まりと言われています。

 

 

我が国日本では、古墳が始まりかと思いきや、さらに遡ります。

時は縄文時代。

日本では縄文時代から死者を埋葬する習慣があったと言われており、木や石の棺も使われていたらしいです。

 

古墳がお墓として奉られていた時代は古墳が権力の象徴となっていました。

有名な古墳としては、大阪の堺市にある仁徳天皇陵の大仙陵古墳。

 

これは日本に存在する古墳の中で最も大きいとされています。

 

タイプとしては前方後円墳や方墳、双方中円墳など幾つものタイプの古墳が存在します。

有名で大きな古墳が大阪や奈良に集中しているといった部分で見ても、歴史の流れがわかりますよね。

 

お墓が世の人々に大きく広がったのはなんと江戸時代に入ってからなのです。

 

明治に入ると様々な歴史の紆余曲折を経て今の様に

「一つのお墓に何人も親類が入る」

 

といったお墓が一般的になったらしいです。

古墳時代じゃ考えも出来なかったでしょうけど。

 

現代に入ると更に歴史は流れ、宗教、宗派や様々な社会的背景も相重なって多種多様のお墓が出現してきています。

これから数百年後は今あるお墓が古墳に似た扱いをされ、子供達が学校で学んでいるかも知れないですね。

 

墓石について、いままで何も知らなかったのですが、調べてみると、いろいろな大きさや形がありバリエーションが富んでいることを知りました。場所に応じた選び方をしたいです。

 

 

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